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東京地方裁判所 平成11年(ワ)661号 判決

原告 山田喜一郎

右訴訟代理人弁護士 岡村了一

同 前嶋繁雄

同 鈴木勝利

同 齋藤大

同 丸山恵一郎

被告 升森隆

右訴訟代理人弁護士 大野友竹

主文

一  原告の請求を棄却する。

二  訴訟費用は原告の負担とする。

事実及び理由

第一当事者の求める裁判

一  原告

1  被告は、原告に対し、金一一〇〇万〇七九九円及び内金八五一万〇一一六円に対する平成七年五月二四日から支払済みまで年三〇パーセントの割合による金員を支払え。

2  訴訟費用は被告の負担とする。

3  仮執行宣言

二  被告

主文同旨

第二事案の概要

本件は、「伊豆クリニック」という名称の診療所を経営する医師である訴外升森靖介(以下「靖介」という。)に対する金銭債権を有する原告が、「被告(靖介の次男・医師)と靖介が共謀の上、靖介の国民健康保険の診療報酬請求権及び社会保険の診療報酬請求権に対する原告からの強制執行を免れるため、平成七年四月二四日に静岡県国民健康保険団体連合会に対し、同年六月二〇日に社会保険診療報酬支払基金に対し、それぞれ右診療所の開設者を靖介から被告に変更する旨の届出をし、右各診療報酬の支払請求者ないし受領者を被告とすることにより、原告の靖介に対する右各診療報酬請求権についての強制執行を免脱させた行為が、故意又は過失により原告の債権を侵害した不法行為である」と主張して、被告に対し、右不法行為により被った損害(前記原告の靖介に対する債権全額・本件請求金額)の賠償を求める事案である。

一  基本的事実関係(各項の末尾に掲げた証拠により認定した。)

1  靖介は、医師であり、平成元年一一月一五日以降、静岡県田方郡伊豆長岡町古奈一一一番地において「伊豆クリニック」という名称の診療所を開設し、経営していた。(甲第五号証の一ないし三)

2  原告と靖介との間で、平成六年一一月二一日、左記の内容の債務弁済契約公正証書が作成された。(甲第一号証、第三三号証)

(1)  債務者靖介は、債権者原告に対し、<1>金一〇〇万円の借受金(靖介が、平成六年一一月一六日、原告から利息年一五パーセント、遅延損害金年三〇パーセント、元金弁済期日平成六年一一月二七日の約定で借り受けた金銭)、<2>金八〇〇万円の連帯保証債務(訴外勝又重義が、平成四年一二月二〇日、原告から利息年一五パーセント、遅延損害金年三〇パーセント、元金弁済期日平成五年一二月一九日の約定で借り受けた金銭についての靖介の連帯保証債務)、合計金九〇〇万円の債務を負担していることを承認し、右債務を、次項により弁済することを約し、原告はこれを承諾した。

(2)  靖介は、原告に対し、前項の金九〇〇万円を、平成六年一一月二七日限り金二五〇万円、平成六年一一月末日から平成七年一一月末日まで毎月末日限り、毎月金五〇万円宛支払う。利息は年一五パーセント、遅延損害金は年三〇パーセントとし、靖介が右割賦金の支払を一回でも怠ったときは、当然に期限の利益を失い、直ちに元利金を完済することとする。

3  靖介は、前項の分割金の支払をしなかったので、原告は、前記公正証書に表示された債権を請求債権として、靖介の「伊豆クリニック」名義の国民健康保険法、老人保健法その他の公費負担医療に基づく診療報酬債権(平成六年一二月一日から平成七年一一月三一日までのもの)を差し押さえるため、債権執行の申立てをし、平成六年一二月一四日、静岡地方裁判所沼津支部の債権差押命令を得たが、第三債務者である静岡県国民健康保険団体連合会(以下「連合会」という。)が、債権譲渡通知書二通(<1>靖介が、平成六年八月一日付けで、右診療報酬債権のうち同年八月二五日から平成七年七月二五日までに支払を受けるべきものを訴外長谷川隆二に譲渡する旨を連合会に通知したもの、及び<2>靖介が、平成六年一一月四日付けで、右診療報酬債権のうち平成七年六月一日から同年一二月三一日までに発生するものを連合会に譲渡する旨を連合会に通知したもの)の写しを添付して、差押えに係る右診療報酬債権はない旨の陳述をしたため、右債権執行による弁済を受けることはできなかった。

(甲第一六号証から第一九号証、第三六号証)

4  原告は、平成六年一二月三一日及び平成七年一月一三日の両日、靖介に対し、本件公正証書に基づいて動産執行をし、靖介所有の動産(医療器具、診察台、事務机等)を差し押え、右動産執行により、平成七年一月一三日に金四七万五八二〇円、同年五月二四日に金一万四〇六四円の各元本弁済を受けた。(甲第一号証、第一三、第一四号証、第三六号証)

5  原告は、更に、前記公正証書に表示された債権を請求債権として、靖介の「伊豆クリニック」名義の社会保険診療報酬債権、生活保護法に基づく診療報酬債権、結核予防法に基づく診療報酬債権(平成七年四月三〇日から平成八年三月三一日までのもの)を差し押さえるため、債権執行の申立てをし、平成七年四月一七日、静岡地方裁判所沼津支部の債権差押命令を得たが、第三債務者である社会保険診療報酬支払基金の静岡県社会保険診療報酬支払基金事務所が、請求時期未到来等のため差押えに係る右診療報酬債権はない旨の陳述書を静岡地方裁判所沼津支部に提出したため、右債権執行による弁済を受けることはできなかった。その際、同事務所は、右陳述書に、原告がした右差押えに先立つ右診療報酬債権に対する差押え(仮差押えを含む。)が平成六年一〇月二〇日から平成七年四月二一日までの間に五件あること、右診療報酬債権の譲渡に係る通知(譲渡の解除・撤回の通知、解除の撤回の通知を含む。)が六件あったことを記載した。(甲第二〇号証の一、二、第二一号証、第三六号証)

6  静岡県国民健康保険団体連合会に対し、平成七年四月二三日付けで靖介を開設者とする前記診療所を廃止するとともに、同月二四日付けで被告を開設者とし、診療所の名称、所在地等は前記診療所と同一で、靖介を同診療所の勤務医師とする旨の届出がされた。また、同年六月二〇日、社会保険診療報酬支払基金に対しても、同様の届出がされた。(甲第五号証の一ないし三、第二二号証の一ないし三)

7  靖介は、原告に対し、平成八年二月一九日に金五〇万円、同月二二日に金五〇万円、平成九年三月二一日に金一〇万円、合計金一一〇万円の弁済をした(甲第二ないし第四号証、第三六号証)。

8  原告は、前記公正証書に表示された債権を請求債権として、靖介の「伊豆クリニック」における給料、賞与に係る債権を差し押さえるため、債権執行の申立てをし、平成九年一二月一一日、静岡地方裁判所沼津支部の債権差押命令を得たが、靖介に対する給与等の支払はしていない旨の第三債務者である被告作成名義の陳述書が静岡地方裁判所沼津支部に提出されたため、右債権執行による弁済を受けることはできなかった。(甲第二四号証、第二五号証)

三  争点

【不法行為の成否】

被告が本件各届出(<1>静岡県国民健康保険団体連合会に対し、平成七年四月二三日付けで靖介を開設者とする前記診療所を廃止するとともに、同月二四日付けで被告を開設者とし、診療所の名称、所在地等は前記診療所と同一で、靖介を同診療所の勤務医師とする旨の届出、<2>同年六月二〇日、社会保険診療報酬支払基金に対する同様の届出)に関与した行為が、前記公正証書に表示された債権を請求債権とする原告による靖介の国民健康保険の診療報酬請求権及び社会保険の診療報酬請求権に対する強制執行を免れさせるためにした不法行為に該当するか。

1 被告は靖介と共謀して、原告による靖介の国民健康保険の診療報酬請求権及び社会保険の診療報酬請求権に対する強制執行を免れさせるため、本件各届出をしたか。被告は、どのような認識の下で本件各届出に関与したか。

2 被告が関与した本件各届出により原告に原告主張の損害が発生したか。

3 前記公正証書に表示された債権の存否

被告は、前記公正証書に表示された債権のうち、<1>金一〇〇万円の借受金(靖介が、平成六年一一月一六日、原告から利息年一五パーセント、遅延損害金年三〇パーセント、元金弁済期日平成六年一一月二七日の約定で借り受けた金銭)については、靖介が受領したことを否認し、<2>金八〇〇万円の連帯保証債務(訴外勝又重義が、平成四年一二月二〇日、原告から利息年一五パーセント、遅延損害金年三〇パーセント、元金弁済期日平成五年一二月一九日の約定で借り受けた金銭についての靖介の連帯保証債務)については、原告は主債務者である訴外勝又の義弟(訴外勝又の妻の妹が原告の妻)であり、靖介は、訴外勝又及び原告から、靖介には一切迷惑をかけることはないから形だけ連帯保証人になってほしいと言われて訴外勝又の原告に対する債務の連帯保証人になったのであり、自分は債務を負担する意思はなかったし、原告も、その点は了解していたこと、前記公正証書も、靖介が診療中に原告が来て、白紙委任状に署名押印するように言われ、内容も確認しないまま、署名押印したものであり、その内容について原告から事前の説明も受けていないことから、右連帯保証契約は、通謀虚偽表示であり、無効であると主張している。

【争点に関する原告の主張】

1 債権侵害についての被告の認識

被告は、診療所「伊豆クリニック」の開設者の名義の変更を承諾したとき、靖介からの説明により、原告の靖介に対する債権の存在を認識していたのであり、少なくとも、当時、右名義の変更により、靖介に対する一般債権者の強制執行を妨害することになることを認識していた。

2 債権侵害行為に対する被告の故意又は過失

被告は、原告の債権の強制執行を妨害することを認識し、又は少なくとも一般債権者の強制執行を妨害することになることを認識しながら、靖介と共謀の上、右診療所の開設者名義を名義だけ被告に変更したのであるから、被告は原告の債権を侵害した不法行為について故意がある。

また、少なくとも、被告は、開設者名義の変更に当たり、原告の債権侵害及び一般債権者の債権を侵害することを認識し得る立場にあったのであるから、被告には過失がある。

3 因果関係

被告が強制執行妨害行為をしなければ右診療所が倒産し、原告が債権を回収できなかったことを裏付けるような証拠はなく、原告の債権回収不能による損害と被告の強制執行妨害行為(本件各届出)との間には因果関係がある。

【争点に関する被告の主張】

1 債権侵害についての被告の認識

被告は、平成七年初めころ、父である靖介から、同人が薬屋、医療品会社等の信用を失い、右診療所の経営の継続ができない状況にあるので、右診療所の経営を継続するため、右診療所の開設者名義を被告に変更することを承諾してほしいと懇願された。被告は、靖介を信頼して右診療所に通っている患者のためにも、右診療所をこのままつぶしてはいけないと考え、右診療所を継続させるため、また、靖介に、その債権者に対する債務の返済をさせるため、右名義の変更に応じたのであって、被告には、右債権者の強制執行を妨害する意図など全くなかった。被告は、本件訴訟が提起されるまで、原告と靖介との間の債権の存在及び両者の紛争について、全く知らなかった。

2 因果関係

平成七年ころの右診療所の社会保険及び国民健康保険による診療報酬は毎月一二〇〇万円から一四〇〇万円位で、窓口収入は毎月二〇〇万円程度に過ぎなかった。これに対し、右診療所を運営するのに必要な運転資金は、毎月九〇〇万円から一〇〇〇万円が必要であり、右保険の診療報酬が確保されなければ、右診療所の経営を維持することはできない状態であった。靖介は、当時、多額の債務を負担し、右診療報酬についても、多数の債権者による差押え等を受けていたのであるから、前記名義変更を行わなければ、右保険の診療報酬が確保できないこととなり、「伊豆クリニック」の経営は破綻し、倒産に至ったことは明らかである。そのため、原告の債権の回収も現実的には不可能となっていたことは明らかである。また、現在、右診療所の開設者名義は靖介に戻っているのであるから、原告は、その診療報酬等の差押え等をすることにより、債権の回収が可能な状況にある。にもかかわらず、原告は、現在その債権の回収ができていない。したがって、仮に、平成七年当時、右診療所の開設者名義が靖介のままであったとしても、現実には、債権の回収はできなかったことは明らかである。

以上の点から、右名義変更と原告の損害との間には、因果関係がない。

第三争点に対する判断

一  乙第一号証、証人升森靖介の証言、被告本人尋問の結果によれば、以下の事実が認められる。

1  被告は、平成四年六月、医師免許を取得し、平成六年六月には研修医を終え、それ以降は、大学病院に医師として勤務していた。

2  被告の父である靖介は、医師であり、平成元年一一月一五日以降、静岡県田方郡伊豆長岡町古奈一一一番地において「伊豆クリニック」という名称の診療所を開設し、経営していたが、種々の経緯から、平成七年四月当時、総額約二億円の負債を負うこととなり、平成六年一〇月以降、原告らの債権者らから、靖介の「伊豆クリニック」名義の国民健康保険法、老人保健法に基づく診療報酬債権や社会保険診療報酬債権等に対する債権執行、靖介所有の動産に対する強制執行が行われた。

3  靖介は、平成七年三月当時、自己が多額の債務を負担しており、右診療報酬債権に対する差押えを受けるような状態では、右診療所の人件費、医薬品の購入費等の経費も賄えないこととなり、このままでは、右診療所を維持継続していくことは困難であるが、右診療報酬請求権を確保して右診療所における診療を継続することができれば、多数の外来患者のある右診療所における診療報酬(平成七年当時、窓口収入と国民健康保険・社会保険等の診療報酬を合わせ、毎月約一四〇〇万円から一六〇〇万円程度の収入があり、毎月約九〇〇万円から一〇〇〇万円程度の経費を差し引いても、相当の収益があった。)により、債権者への債務の返済を継続することも可能であると考え、右診療所の開設者の名義を靖介の次男であり医師資格を有する被告に変更することとし、被告に協力を求めた。

4  靖介から右診療所の開設者の名義を被告に変更することへの協力を求められた被告は、靖介の負っている債務の具体的内容、その総額等の債務の詳細は知らされなかったものの、父親である靖介が相当の債務を負っていることは認識しており、このままでは父親の経営する右診療所は倒産することにもなりかねないが、靖介が負債を返済していくためにも、また、診療面で靖介を信頼している多くの患者のためにも、右診療所の維持継続が必要であると考え、自己が右診療所の開設者になっても勤務医として税務処理が可能であるとの税理士の助言を得た上で、靖介の求めに応じ、右診療所の開設者の名義の変更に同意した。

5  靖介と被告は、静岡県国民健康保険団体連合会に対し、平成七年四月二三日付けで靖介を開設者とする前記診療所を廃止するとともに、同月二四日付けで被告を開設者とし、診療所の名称、所在地等は前記診療所と同一で、靖介を同診療所の勤務医師とする旨の届出をし、同年六月二〇日、社会保険診療報酬支払基金に対しても、同様の届出をした。

6  被告は、自己が開設者となった平成七年四月二四日以降、週に二日右診療所で診療をするようになり、同年一〇月には、大学病院での勤務を辞めて静岡に引っ越し、右診療所での診療を中心とするようになった。

7  被告が、開設者となった後も、右診療所の経営は靖介が行い、被告は、その勤務医として給料をもらっていた。被告は、右診療所で診療に当たるようになってから、右診療所の実情、すなわち、靖介には、相当多額の負債がある上、その周辺にブローカーや整理屋などが頻繁に出入りしており、多数の患者があり、多額の収入があるにもかかわらず、負債が増える一方であることを知るようになり、靖介に対し、再三、債務を整理し、債務を返済すべき者に支払うように説得したが、靖介は耳を貸さず、被告宛の種々の通知も、靖介が処理し、被告の手元には届かないことが多かった。

8  被告は、右診療所の開設者となっているため、医薬品等の右診療所の運営に必要な物品の購入契約は被告名義でされることとなり、被告名義の債務も増える一方となったことから、被告は靖介に対し、これ以上被告の債務が増えるのでは、右診療所で診療に当たるわけにはいかない、名義を元に戻してほしいと要求したが、靖介はこれに応じなかった。被告は、靖介に無断で廃院届を出すことも考えたが、右診療所に通う多数の患者がいることを考慮し、思い止まった。

9  被告は、平成九年一〇月、これ以上、右診療所に関わることができないと考え、開設者の名義は変えられないまま、右診療所を去り、御殿場にある村上病院の勤務医となった。そして、平成一〇年七月八日、右診療所の名義が、被告から靖介に変更された。

10  被告が、原告の靖介に対する債権の存在を知ったのは、平成一一年一月、本件の訴状が被告に送達された時であった。

11  なお、前記の平成九年一二月一一日付けの静岡地方裁判所沼津支部の債権差押命令に関し、同支部に提出された第三債務者である被告作成名義の陳述書(靖介に対する給与等の支払はしていない旨の記載があるもの)は、被告に無断で、靖介が被告名義で作成し、提出したものである。

以上の事実が認められ、右認定を覆すに足りる証拠はない。

二  医師の資格を有する者が診療所の開設をする場合には、許可を受ける必要はなく、開設後一〇日以内に、都道府県知事等に対して届出をすれば足りることになっており(医療法第八条)、本件においても、被告は、所定の届出をした上で、静岡県国民健康保険団体連合会等に対し本件各届出をしたものであることが窺える。そして、前記認定の事実関係によれば、被告は、父親である靖介から、右診療所を維持継続し、同人の債務を返済するためには、右診療所の開設者の名義の変更が必要であるとの説得を受け、その言を信じて右名義変更を了承したのであり、被告は、開設者となった平成七年四月二四日以降は、週に二日右診療所で診療するようになり、同年一〇月には、大学病院での勤務を辞めて静岡に引っ越し、右診療所での診療を中心とするようになったこと、また、被告は、右診療所で診療に当たるようになってから右診療所の実情を知るようになり、靖介に対し、再三、ブローカー等に利用される不適切な診療所経営を改め、債務を整理するように説得したが、同人は耳を貸さなかったこと、開設者である被告名義で医薬品等の購入契約がされるため、被告名義の債務が増える一方となったので、不安を感じた被告が開設者の名義を元に戻してほしいと要求したが、靖介はこれに応じず、被告は靖介に無断で廃院届を出すことまで考えたが、右診療所に通う多数の患者のことを考え断念したこと、被告は、平成九年一〇月には、これ以上右診療所に関わることはできないと考えて右診療所を去ったこと等の諸点が明らかであり、これらの諸点に照らせば、本件各届出による右名義変更は、虚偽ないし仮装のものではなく、医師である被告が、父親靖介の窮状を救うために右診療所の開設者となることを決意し、所定の手続を踏んで開設者となったものと認めるのが相当であって、そのことに何らの違法はないものというべきである。

確かに、右名義変更の目的は、開設者が靖介名義のままでは、その保険に係る診療報酬が差し押さえられ、診療所を存続することができなくなるので、これを避けるためであることは明らかであるが、右事実関係の下において、被告が本件の如く医療法上の適法な手続を踏んで真実開設者となったことにより前開設者である靖介に対する債権に基づく右診療所に係る診療報酬に対する強制執行が不可能となったとしても、これをもって、被告による違法な強制執行免脱行為とみることはできない。

更に、前記認定のとおり、被告が右診療所の開設者の名義の変更を了承したのは、右診療所の維持継続のため、また、靖介の債務返済のためには、右名義変更が必要であるとの靖介の説得の言を信じたからであり、その当時、被告は靖介の負債の具体的内容、その総額等の詳細を靖介から知らされていなかったことが明らかであるから、原告主張の原告の債権を侵害することについての靖介と被告との共謀の事実を認めることもできない。また、前記認定の事実関係に照らせば、原告主張の原告の債権を侵害することについての被告の過失を認めることもできない。

したがって、被告がした本件各届出が不法行為に該当するとの原告の主張は、その理由がない。

第四結論

よって、原告の本訴請求は理由がないからこれを棄却することとし、訴訟費用の負担について民訴法六一条を適用して、主文のとおり判決する。

(裁判官 高橋利文)

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